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N.Y.ahello Project 2023を振り返る

N.Y.タイムズスクエア応援広告企画の舞台裏。2023年夏、ホロライブ所属さくらみこさんの5周年を祝うタイムズスクエア応援広告企画『N.Y.ahello Project 2023』にWeb制作・運営側として関わった記録と学び。

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Twitter(X)のタイムラインに3年前に取り組んだタイムズスクエアのプロジェクトの切り抜きが流れてきて、いろいろと思い出したので記録として残しておきます。

当時は制作と調整で必死すぎて「終わったらブログに残そう」と思っていたのに、気付けば3年経っていました。本当にあっという間です。

せっかくサイトをリニューアルしたのでちゃんとブログとして残そうと思います。

プロジェクトの概要

この投稿で振り返るのは、WorldWide 35P Network (WW35PNet) で実施した、さくらみこさんの5周年を祝うタイムズスクエア応援広告企画です。

プロジェクトの正式名称は N.Y.ahello Project 2023 です。

「ファンの力で推しをタイムズスクエアへ」という文脈は当時すでに前例があり、たとえば以下のような事例が話題になっていました。

前例があると分かった瞬間、「節目を祝うなら、これしかない」と腹が決まりました。

きっかけ(突然のDM)

はじまりは確か2023年1月の最後あたり。

35P EN Discord鯖の kler.yy さんから突然DMが来て、

みこちをタイムズスクエアに連れていきたい。プロジェクトのWebサイト作ってくれない?

という相談を受けました。

突然の連絡に驚きつつも、不思議と「やりたい」という気持ちがすぐに湧いてきたのを覚えています。

最初は半信半疑でしたが、案内されたプロジェクトのサーバー(WW35PNet)に入ってみると、想像以上に具体的に動いていて「これは本気で進んでいる」と実感しました。

「Web担当だけ」のつもりが、気づけば日本語窓口に

当初は「Webサイト制作だけ」で関わる予定でした。

ただ、自分がJPの35P Discord鯖の管理人という立場上、日本人35P向けにクラウドファンディング告知や周知を日本語で出す必要がありました。

そして、タイムズスクエアという立地・発案がEN圏のメンバー中心という背景もあり、プロジェクトメンバーの大多数は英語圏。

結果として、日本語を扱える人材が足りず、日本人のコアメンバーの実働が自分だけという状態に。

自分が実質的に日本語窓口にならざるを得ない状況でした。

最初の山場: 翻訳と「言葉の壁」

いきなりWeb制作に取り掛かれたわけではなく、まずはドキュメント整備(特に翻訳)からでした。

ドキュメントは、招待絵師さんが「どんなイラストを用意すべきか」を理解するための重要資料でもあり、手が抜けません。

翻訳アプリ片手に、ニュアンスや意味を質問しながら、ひたすら整えていく日々。 この段階で既に、地味に体力が削られていく感覚がありました。

言葉の壁を感じる場面は何度もありましたが、最後まであきらめずに付き合ってくれたWW35PNetのコアメンバーには感謝しかありません。 あの時の「通じた」の積み重ねが、今思うと本当にありがたかったです。

嬉しかったこと: #NYahello2023 という名前

苦しい日々の中でも、嬉しい出来事がありました。

クラウドファンディングの告知を強めるためにハッシュタグを作る流れになったとき、たまたま思い付きで出した #NYahello2023 が採用されたことです。

  • N.Y.(ニューヨーク)で
  • Nyahello(にゃっはろ〜)

……という、企画趣旨にドンピシャな語感で、我ながら「いや、これ天才か?」って思いました。

N.Y.(ニューヨーク)で、Nyahello(にゃっはろ〜)。 企画の趣旨にこれ以上ないほど合っていて、個人的にも強く印象に残っています。

あとからこのタグが付いた投稿が大量に流れている光景を見たときは、言葉にできないほど嬉しかったです。 みんなで同じ方向を向けている感覚があり、忘れられない出来事の一つになりました。

Webサイト制作: 未経験の難しさと、最高のチーム

初動に必要なドキュメントが揃って、ようやく本題のWebサイト制作へ。

ただ「Web制作の統括」として引き受けたはいいものの、こういった規模・種類のファン企画でのWeb制作は経験がなく、困難を極めました。 やる気だけでは埋められない部分が、確かにありました。

そこで、以前から精力的にファン企画を行っていた 35P Project の開発担当の方(Kei さん)に相談しました。藁にもすがる思いでした。

Keiさんが運悪く忙しい時期だったこともあり、別の開発メンバーを紹介していただき、結果として以下のお二方に支えてもらうことになります。

  • まいちゃま さん(デザイン)
  • rain さん(実装)

このお二人がいなければ、サイトは「まともに完成」しなかったと思います。これは間違いありません。

特にデザインとアニメーションは、サーバーサイド寄りの自分が最も不得意とする分野で、ここをお任せできたのが本当に助かりました。

自分が用意した粗い叩き台がどんどんブラッシュアップされ、みるみる形になっていく様子は見ていて感動しました。 「こうやって完成に近づいていくのか」と学びが多かったです。

自分が担当したこと(Cloudflare / GitHub / 配信基盤)

自分は慣れた領域を中心に、できるだけ技術を詰め込みました。

  • Cloudflare周りの設定(配信・セキュリティ・運用)
  • GitHubの整備(リポジトリ運用、管理)
  • サイトで使用する動画をHLS形式で配信できるようにする

得意分野がうまく噛み合って、結果として「必要な要望を実現できるサイト」に近づけられたと思っています。 特に当日はCloudflareに頼りきりで、安定して捌き切ってくれたのは本当に助かりました。

最大のリスク: 広告枠取得とクラファンの綱渡り

ここまで読むと順調に見えるかもしれませんが、裏では終始綱渡りでした。

まず、広告枠の取得。

これはプロジェクトの根幹で、失敗すれば企画が白紙になります。

広告代理店とのやり取りは別のコアメンバーに任せていましたが、クラウドファンディングの都合上「手元に資金がない状態」で調整を進めなければならず、双方リスキーな状態でした。

枠取得の締切から逆算してクラファン終了日を決め、目標額に到達するよう可能な限り告知を出し続けました。 「間に合わなかったら終わり」というプレッシャーが常にありました。

著名な絵師さん方、そして最後には おるだん てんてーの寄稿告知まで……。 告知に名前を出す許可をいただけたことに感謝しかありません。

達成率が90%を超えたあたりで、ようやく「これ、現実になるぞ……」という実感が湧き、100%到達時はメンバーみんなで喜びました。

ただし、クラファン達成は通過点であり、ここがスタート地点でもありました。

追い込み開始: 締切管理と審査対応

達成後は怒涛でした。

  • 広告代理店への枠取得申請
  • イラストやMMD動画の締切管理
  • チェックと修正依頼

広告ディスプレイに掲載する映像は、事前に広告代理店へ確認が必要で、念のためカバー側にも確認を取りました。

最初の審査は比較的スムーズに通った記憶があります。

……が、ここから最大の問題が起こります。 胃が痛くなるような展開でした。

「NASDAQの最終審査が通らないかもしれない」

あるとき広告代理店側から、

広告ディスプレイを所有するNASDAQの最終審査が通らないかもしれない

と言われました。

ここにきて、突然プロジェクトが頓挫する可能性が出てきた。 背筋が冷えるような話でした。 当時はみな「FAQ(不安)」と言いながら、行く末を心配していました。

理由は「R18に関係するキャラクターは広告に出せない」というもの。

35Pなら察しがつくかもしれませんが、みこちはR18の美少女ゲームが好きだと公言しているため、調べた広告代理店が「R18に関係するキャラクター」と誤解・懸念したようでした。

我々はすぐに、みこち関連のWebサイト等を確認し、複数ソースと共に「R18ゲーム等を活動でプレイしていない」ことを説明して申し立てました。

正直、みこちらしいっちゃみこちらしいのですが、当時は気が気ではなかったです。 このときばかりは、過去に美少女ゲーム配信中に誤起動した件を恨みました(冗談です)。

あとは、NASDAQの最終審査を無事通過することを祈るしかありませんでした。

公開当日: 2023/08/01 13:00

そんなことをしている間に、気づけばもう5周年当日。

広告は現地時間で 8/1 0:00 から流れるため、日本時間では 13:00 にWebサイトをオープンする必要がありました。

ちょうど8/1は自分が1日休みを取っていたので、公開作業を担当。 緊張でほとんど寝られず、気付いたらオールで作業してました。

13:00、カウントダウンタイマーが0になるのを見届けて公開。 緊張で手が汗ばむほどでした。

一部CSSの考慮不足でスタイルが崩れてしまったのですが、すぐにrainさんが修正してくれて、ここでも救われました。

この時点でもう感無量でしたが、広告にみこちが出た瞬間、眠気が全部吹き飛びました。 本当に実現したのだと、そこでやっと実感しました。

8/2: 配信で紹介された日

翌日(8/2)、みこちの5周年振り返り配信でWebサイトが紹介されたときは、心底「やってきてよかった」と思いました。

同時に、みこちが見ている間にサイトがエラーを吐かないか内心ヒヤヒヤしていました。 画面の裏で祈るような気持ちだったのは、ここだけの話です。

でも、ちゃんとCloudflareがリクエストを捌き切ってくれて本当に良かった。 あの瞬間は、心の中で深く安堵していました。

2年経って思うこと

2年経った今でも、このプロジェクトは強烈に記憶に残っています。

この経験が次につながったこともあり、最初に誘っていただいたことには感謝してもしきれません。 「あの時の自分、よく食らいついたな」と今でもたまに思います。

最後に、もし良ければ当時のWebサイトも見ていってもらえると嬉しいです。

まとめ

  • 最初は「Web担当だけ」のつもりが、翻訳・告知・運用まで全部のせになった
  • 言葉の壁は大変だったけど、コアメンバーの支えで走り切れた
  • #NYahello2023 が採用されたのは、今でも嬉しい思い出
  • 審査や締切など、見えないところの綱渡りが一番しんどい
  • 推しの節目を形にできたのは、なかなかできない貴重な経験

あとがき

改めて、当時支えてくれたすべてのプロジェクトメンバー、特に kler.yy さん、まいちゃま さん、rain さんには感謝しております。